ある防災・減災分野のSIPプロジェクトに、PMO支援の依頼が入った。
SIPの特徴は、その複雑さにある。参加機関は、国立大学・私立大学・民間企業・独立行政法人・関係省庁——組織の種類も、文化も、意思決定のスピードも、すべてが異なる主体が、ひとつのプロジェクトとして動かなければならない。
大学は「研究の自由」を重んじる。民間企業は「成果と期限」を優先する。省庁は「手続きと合規性」を最重視する。この3者が同じテーブルで議論すると、すれ違いが起きる。
内閣府が主導する国家プロジェクト。大学・民間企業・関係省庁が入り乱れる複雑な環境で、研究開発を前に進めるPMO支援が始まった。
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内閣府が主導するSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)は、日本最大級の研究開発プログラムのひとつだ。
ある防災・減災分野のSIPプロジェクトに、PMO支援の依頼が入った。
SIPの特徴は、その複雑さにある。参加機関は、国立大学・私立大学・民間企業・独立行政法人・関係省庁——組織の種類も、文化も、意思決定のスピードも、すべてが異なる主体が、ひとつのプロジェクトとして動かなければならない。
大学は「研究の自由」を重んじる。民間企業は「成果と期限」を優先する。省庁は「手続きと合規性」を最重視する。この3者が同じテーブルで議論すると、すれ違いが起きる。
「会議を開けば開くほど、認識のズレが表面化する。でも、会議をやめるわけにはいかない。それがSIPプロジェクトの難しさです。」——プロジェクト関係者の証言(匿名)
加えて、研究開発プロジェクト特有の問題がある。
研究は、計画通りに進まない。仮説が崩れ、実験が失敗し、想定外の発見が生まれる。これは研究の本質であり、問題ではない。問題は、「計画通りに進まないこと」を、どう報告し、どう対処するかの仕組みがないことだ。
進捗が遅れているのか、方向転換が必要なのか、単に時間がかかっているだけなのか——これを判断できる情報が整理されていないまま、報告会だけが増えていく。
PMO不在のSIPプロジェクトは、往々にしてこのパターンに陥る。
このプロジェクトに必要だったのは、研究者にも官僚にも、同じ温度感で話しかけられる人間だった。
担当したエキスパートは、大手コンサルファーム出身のPMO専門家だ。
彼のキャリアで特筆すべきは、民間企業だけでなく官公庁・独立行政法人でのプロジェクト経験を持つことだ。「行政の論理」を理解しながら、「民間の効率性」を持ち込める——この両立が、SIPプロジェクトでの最大の強みになった。
「行政の方と仕事をするとき、最初にやることは『なぜこの手続きが必要か』を理解することです。批判ではなく、理解から始める。そうすると、改善できる余地が見えてくる。」
このプロジェクトで最も評価されたのは、「中立性」だった。
大学側でも省庁側でもなく、「プロジェクト全体の成功」だけを見て動く——この姿勢が、異なる組織文化を持つステークホルダーから信頼を得ることにつながった。
PMOとして最初にやるべきことは、現状を「誰もが同じように見える状態」にすることだ。
担当エキスパートが最初に手をつけたのは、進捗の可視化だった。
SIPプロジェクトには複数の研究テーマがあり、それぞれの主査機関(大学・企業)が個別に進捗を管理していた。しかし、その情報が統合されていない。全体として「今どこにいるか」が、誰にも見えていない状態だった。
彼はまず、全研究機関共通の進捗報告フォーマットを設計した。
会議の前に全員が同じ「地図」を持っていれば、議論の質は変わる。まず「地図」を作ることに、最初の1ヶ月を費やした。
共通フォーマットの設計で意識したのは「シンプルさ」だった。
報告フォーマットが複雑だと、研究者は「報告のための作業」に時間を取られる。研究時間を削らずに報告できる——この制約を守ることが、研究機関からの協力を得るための鍵だった。
進捗の可視化が完了すると、次の課題が浮かび上がった。研究テーマ間の「論点の重複」と「連携できる可能性」だ。
個別に進んでいた研究が、実は同じ課題にアプローチしていることがわかった。連携することで、双方の研究がより前進できる——これを発見し、各機関に提案することも、PMOの重要な役割だった。
プロジェクトは3つのフェーズで進んだ。それぞれに、固有の困難と発見があった。
最初の2ヶ月は、全研究機関へのヒアリングに費やされた。
各機関の研究内容・進捗・課題・懸念——これらを個別にヒアリングし、全体像をマッピングした。30名以上に話を聞いた。
同時に、会議体を再設計した。委員会・ワーキンググループ・個別ヒアリング——それぞれの目的と参加者を明確にし、「情報共有の場」と「意思決定の場」を分離した。
「最初の2ヶ月で全員と話すのは、体力的にきつい。でも、ここで信頼関係を作っておかないと、後で何かあったときに協力してもらえない。」
会議の設計・運営支援が本格化した。
月次の委員会では、各研究機関の進捗を「計画対実績」の形式で整理し、事前に全員に配布した。会議の場では「確認」ではなく「議論」に時間を使えるようにした。
最も時間を要したのは、議事録の作成だ。
SIPの会議は、発言が多岐にわたる。技術的な議論・政策的な判断・予算的な制約——これらが混在する会議の議事録を「逐語ベース」で作成し、後日の参照に耐えるドキュメントとして整備した。
内閣府・関係機関向けの報告資料作成が最終フェーズだった。
研究成果をどう可視化するか。技術的な内容を政策担当者にどう伝えるか——専門性の高い研究成果を、意思決定者が理解できる言語に変換する作業が続いた。
最終報告会では、全参加機関からの成果が統合されたレポートが提示された。「8ヶ月でここまで整理できた」という達成感が、関係者の共通認識となった。
数字よりも、「状態の変化」が成果だった。
このプロジェクトの成果は、数字で測りにくい。
研究開発プロジェクトの「成功」は、論文の本数や特許の件数で測られるものではない。少なくとも、PMOの役割においては。
PMOとしての成果は、「プロジェクトが止まらなかったこと」だ。
複数の研究機関が、8ヶ月間、脱落者なく走り続けた。会議に出続けた。報告書を出し続けた。これは当たり前に見えて、実は極めて難しいことだ。
「PMOがいなかったら、どこかのタイミングで誰かが『もう無理です』と言っていたと思います。それを防いでくれた。」——プロジェクト関係者の証言(匿名)
プロジェクトの終盤、内閣府への最終報告会で、担当者からこう言われた。「来年度も続けられる体制になっている。」
自分がいなくても回る体制を作る——これが、PMOの最終目標だった。
これは、国家プロジェクトだから特殊な話ではない。複数組織が関与するプロジェクト全般に応用できる。
複数の組織が関与するプロジェクトで、PMOが特定の組織の側についた瞬間、信頼は崩れる。
「プロジェクト全体の成功だけを見て動く」という姿勢を、言葉だけでなく行動で示し続けること——これが、異なる文化を持つ組織を束ねるための唯一の方法だ。
全員が同じ情報を持った状態で会議に臨めば、議論の質は劇的に変わる。
共通フォーマット・共通言語・共通の現状認識——これらを整備することに最初のエネルギーを集中させることが、プロジェクト全体の効率を上げる最短経路だ。
会議の議事録・報告資料・意思決定の経緯——これらが正確に残っていることが、後のトラブルを防ぐ。
「そんなこと言っていない」「あのとき決まったはず」——プロジェクトで起きる多くの対立は、記録の不備から生まれる。PMOの仕事の半分は、記録を守ることだと言っても過言ではない。
このストーリーを読んで、自社と重なる部分はありましたか?
ひとつでも当てはまる方へ
複数組織が関与するプロジェクトの難しさは、技術的な問題ではなく、「人と組織の問題」にある。
それぞれの組織文化を理解し、それぞれの言語で話しかけ、全体の利益のために動ける人間——こういうPMOは、社内では育てにくい。なぜなら、「中立性」は社内の人間には持ちにくいからだ。
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